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東京高等裁判所 昭和45年(く)228号 決定 1970年9月22日

少年 I・H(昭二八・七・二一生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告申立の趣意は右附添人三名共同名義の抗告趣意書記載のとおりであり、その要旨は、少年がさきに窃盗、強姦致傷等数回の非行を繰返したうえ、更に本件非行に及んだことはボンド等を吸飲したため薬品乱用による精神障害の疑いがあり、その点の診断医療を尽したうえで処分を決めるべきであるのに、そのことなくして中等少年院送致の処分を定めた原決定は著しく不当と主張して、その取消を求めるものである。

本件保護事件及び少年調査の各記録を審査すれば、少年は五回の窃盗、一回の強姦致傷の非行により昭和四五年三月三〇日保護観察に付する処分を受け、その後二ヵ月余にして更に本件非行を犯したものであり、実父及び担当保護司は共に、少年を引取つても今後監護補導の実効を挙げ得る自信のないことを述べており、原決定の指摘するとおり、少年はその性格、非行性の程度よりみて保護者の保護の域を超えていると認められ、少年の健全な育成を期する方途としては専門的生活指導のもとに置いて、規則的生活になじませ、社会生活に適応させるため矯正教育を行う以外になく、そのためには少年院送致の処分を肯定せざるを得ない。所論もこれを認めながら、ボンド等を吸飲していたことの明らかな本件少年の場合、その処分決定に当り、脳神経の機能障害の有無につき精神鑑定ないし精密診断を行わなかつた原決定は著しく不当と非難する。しかし少年は昭和四五年二月頃ボンド等の吸飲を始め、本件非行の直前にもこれを吸飲していたことが認められるが、同年八月一五日付横浜少年鑑別所提出の鑑別結果通知書によれば、少年には著しい性格偏倚がみられるものの、精神障害の疑いはないことを明示しているのである。言うまでもなく少年鑑別所は少年に対する調査、審判、保護処分の執行に資するため医学、心理学を含めた専門的知識に基いて鑑別を行う施設であり、本件については少年にボンド等吸飲の習癖があることを了知のうえ、知能、性格につき専門的検査を遂げ、収容中の行動を仔細に観察した結果に基いてその精神状態を右のとおり鑑別し、総合所見として本件少年をこのまま社会に戻したのでは更に非行を繰返す危険性が非常に高いことを指摘し、集団生活を通じて少年に自己表現力をつけ、物事に積極的、意欲的に取組む態度を養い、心理療法的処遇を与えることがその改善に役立つことを示唆して、中等少年院に送致し矯正教育を受けさせることの必要を説いているのである。原決定は鑑別結果を十分信頼し得るものとして、これを尊重したと認められるが、その措置に何ら非難すべきものはない。所論は鑑別の結果を不信とする趣旨に解されるが、首肯し得る理由はなく、少年院法によれば少年院長は収容少年の心身に著しい故障があつて必要と認めたときは医療少年院に移送し得る途も開かれているのであつて、原決定を不当とする理由は猶更乏しい。

以上のとおり本件抗告はその理由がないので少年法三三条一項に従いこれを棄却すべく主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 関谷六郎 裁判官 寺内冬樹 中島卓児)

参考 原審決定(横浜家裁小田原支部 昭四五(少)九三五号 昭四五・八・一九決定)

主文

少年を中等少年院に送致する。

少年に対し昭和四五年三月三〇日当庁がなした少年を横浜保護観察所の保護観察に付する旨の決定はこれを取消す。

理由

(非行事実)

少年は昭和四五年六月七日午後五時三〇分ごろ、泰野市○○町○番○号○○ショッピングセンター二階女子便所内において女性を待ちうけ、○坂○鈴(当二〇歳)が用便を始めるや「静かにしろ、見せてくれ」等と申し向け助けを求める同女の口を押えその反抗を抑圧し強いてわいせつの行為をなそうとしたが、同女のさけび声をきいて、女子学生がかけつけ便所のドアーを開けたため同女が逃走しその目的を遂げなかつたものである。

(法令の適用)

刑法第一七九条(第一七六条)

(要保護性)

少年は昭和四四年九月ごろより五回にわたりオートバイの窃盗を重ねさらに翌昭和四五年三月五日には強姦致傷を行なうに至り同年三月三〇日当庁で保護観察に付する決定(昭和四五年少第一三二、二六一号)を受け、その後家庭にあつて学校を○○高校に転校し通学をつづけ、保護司との面接も数回あり、その補導を受けていたものであるが、その間学校で喫煙をして注意を受けたり、一時やめていた薬物(コンタクト、ボンド等)の吸引を始めるようになり前記決定より三カ月を経ずして本件非行をなすようになつたものである。

前回と二度にわたる鑑別の結果から認められるように少年の性格は素質的には劣つていないが、内向性、劣等感が強く自信がなく意思薄弱の面を持ち、性格偏倚が著しい精神病質傾同を示しているが、未だ現在においては精神障害が認められる程度ではないと考えられ、又社会調査の結果からは、保護者の保護能力に特に問題はないが上記の如き少年の行動はその性格、非行性の程度から保護者の保護の域を超えていると認められる。

よつて少年を中等少年院に送致しそこで専門的生活指導の下に、社会生活に適応できる矯正教育を施すことが少年の健全な育成を期するため必要であると判断し、少年法第二四条第一項三号、少年院法第二条第三項なお保護処分の取消について少年法第二九条第二項を各適用して主夫のとおり決定する。

(裁判官 平岡省平)

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